タトゥーが社会に馴染めない理由

「タトゥー」が一般社会に浸透しない又はファッションとして定着しない理由

「タトゥー」という言葉を聞くと外来語なので雰囲気的にオシャレになったいという印象が伺える…というよりオシャレな風にしたいという意図が見えるが、結局そんな努力(?)も虚しく何をどうしようとも昔から日本にある「刺青(イレズミ)」である。

 

ちょっと古い世代だと「くりからもんもん」とか言っていたものである。
絵柄が海外風になろうが幾何学模様になろうが、肩に胸に腕にちらちら見えるそれを見せつけられる方はそのタトゥーとやらの向こう側に昔ながらの「不動明王」「登り竜」「阿修羅」の絵柄を見ているのである。

 

なので、あちら関係の「本職」の人や若い頃にヤンチャ(一般社会ではヤンチャ等という言葉で治める事の許されないレベルの)をしていた人達が入れていたイメージが日本では本来である。

 

海外でも信仰によっては「身体を冒涜する」と信じている人達もいるので、日本だけの概念ではないだろう。
今はメディアの力も働いたのか解らないが、街を歩けば昔に比べて随分ポピュラーになってるのは事実だと思う。

 

ついこの前まで背負い鞄をかけて小学校に通っていたんじゃないかと思える様な若者や小さい子連れの主婦が肩やら腕やら背中やら胸元の開けたワンピースの隙間からタトゥーをちらつかせて歩いている。

 

が、だからフランクにそういう人に話しかけられるか?と聞かれればやはり答えはNOである。

 

やはり「罪人」「社会不適合者」「はみ出し者」が入れているという古来のイメージが強いのである。一度入れたが最後、簡単には消せないそれを入れた後、しばらく熱にうなされるにも関わらず入れるのである。

 

携帯電話の待ち受けの様に絵柄に飽きたからと言ってコロコロと絵柄を変えたり消したりはできないのである。

 

実際、歳をとってから後悔してる人もいっぱいいる。

 

そんな一時の感情で体に易々と消せない絵を彫ってしまう人の神経を考えれば、怖くてお付き合いしたくないのも当然ではなかろうか。

やはり「怖い」が一番の原因

時代は変わり、タトゥーも一般的にファッション感覚で入れる人も多くなりました。
しかし、現実的にやはり社会に適合しないということもあると思います。実際に接客業にかぎらずタトゥーを入れていれば仕事に影響がでますし、最悪の場合解雇されてしまうこともあるでしょう。

 

海外ではタトゥーは文化として認められ、欧米諸国ではあまり気にされません。ごく普通にタトゥーを入れている人もタトゥーを露出させて仕事をしていますし、国によっては大統領ですらタトゥーを入れている人もいます。
国際化が進む現代とはいえ日本社会ではタトゥーはご法度とされてしまうのは事実です。

 

日本ではタトゥーは一般的に「怖い」とされています。例え「タトゥーは文化だ」「海外ではごく普通に認められている」と主張する人でも、実際にタトゥーが入っている日本人を見れば少し身構えてしまうのも事実でしょう。
歴史的に見ても日本でもタトゥーすなわち入れ墨の文化は古くからあります。しかし、入れ墨は昔罪人の烙印として使われていたこともありますし、近代社会でも反社会性力の象徴やアウトローの文化として根強く残っています。
日本では特にそのイメージが強く、タトゥーが入っている人は怖い人だと思ってしまうのが社会的には大きなマイナス要素として働いてしまいます。
もちろん、タトゥーを入れるのは個人の自由ですが、社会的には様々な支障をきたすのは覚悟したうえで良く考えるべきでしょう。

反社会勢力と言う印象を与える

タトゥーをしているとお断りというお店や会社はいまだにあります。

 

なぜタトゥーが社会に適合しないのか?それは反社会的勢力を連想させるからだと思います。反社会勢力にいる人は、タトゥーをしている人がほとんどです。つまり、それが反社会勢力の人の象徴に感じるのではないでしょうか。

 

たしかに最近ではタトゥーを入れるのがファッションとしてとらえられるようになっていて、老若男女問わず一般人の方でもタトゥーを入れているということはそれほど珍しいものではなくなりました。

 

でも、依然としてタトゥーを入れている人よりも入れていない人の方が圧倒的に多いことは確かです。

 

つまり、資本主義の考え方からすると圧倒的な多数であるタトゥーを入れていない人が普通であり、タトゥーを入れている人は異質な存在であるのだと思います。

 

タトゥーを入れている人にとってはファッションであっても、受け取る側が少しでも怖いという印象を与えてしまうのがタトゥーだと思います。

 

少しでも怖いという印象を与えてしまうという時点で、社会に適合しなくて当たり前と言っても過言ではないはずです。社会的にタトゥーに対しての考え方は少しずつ変化していますが、現状では社会に適合しなくて仕方ないと思います。

罪人の証

現代社会においてタトゥーといえば若者の間で流行っている一種のファッションである。
だがしかし、少しだけ上の世代からしてみればタトゥーと入れ墨の違いなどあってないようなものなのだ。
タトゥーと入れ墨の違いはあまりなく、針を入れる深さくらいである。

 

だが、どちらも彫り物をしているということには変わりはないため、一度入れてしまうと容易には消すことができなくなってしまうという共通点がある。
そもそも入れ墨とは古くから日本に根付いているものだ。縄文時代からあったのではないかという説すらあるほどである。

 

一体何に使われていたのかというと、刑罰の一種であったと言われている。
当然大昔には麻酔なんてものは存在しないため、相当な苦痛が伴ったことだろう。

 

つまり入れ墨をしている人物は何かしらの悪行をしたという認識が世間では一般的だったのだ。
現代でも入れ墨と言われれば暴力団などを連想させる。暴力団といえば反社会的な集団である場合が主なので、世間はいい顔をしない。入れ墨(タトゥー)=悪い という式が出来上がるわけだ。

 

タトゥーが今の若者の間でポピュラーになりつつあるが、それでもタトゥーをしている人間を怖がる若者もいる。これはもちろん前の世代から代々伝えられてきた情報だからである。
タトゥーがもっとポピュラーに、いいイメージのものに変わるには長い時間がかかるだろう。